『大奥』がアメリカのティプトリー賞受賞だそうだ。なんかすごいなあ。というわけで三年ほど前ぼくが『週刊アスキー』のコラムに書いた『大奥』絶賛文をここに掲載。読んだのは第二巻までだけど。
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当コラムを担当するようになってから「なにかおもしろい漫画ない?」と会う人ごとに訊ねているのだが、この『大奥』を挙げる人が多くて驚いた。だって大奥ってあの大奥でしょ。女だらけでちくちくいやがらせしてねちねちいじめて悪口言ってお茶に毒入れたり騙したり陥れたり赤ちゃん殺したり岸田今日子が陰気に震える声でここほほほくではきょほもまたと語るあの大奥。なにが楽しいのかまったくわからない世界である。
ぼくの好みではないかもなあとは思いつつ、しかしあまりにいろんな人が勧めてくれるのでとりあえず読んでみた。びっくりした。タイトルや装丁からは想像もつかないがなんとこれ、歴史改変SFなのだった。大雑把に言ってしまうと、将軍が女なので美男子ばかり揃えた大奥が存在する世界の話である。下手をするとアホなギャグになりそうなところだが史実を絡めつつ描かれるこの『大奥』には見事にリアリティがあり序盤から男の大奥ならではの入り組んだ人間関係が精緻に展開していく。
とはいえ第一巻を読んだ時点では、おもしろくてよくできた話だなと楽しみつつも、いまいちのりきれなかったというのが正直な感想で、第二巻を手に取るまでかなり間が空いた。そして仰天したのは第二巻のラスト数十ページである。ぼくは文字通り言葉を失った。
なのでここで終わる。というわけにもいかないので書くけどなあ、いやもうこれはよくできた漫画とか練られたストーリーとかいうレベルの話ではありませんよ。ほななんやと言われても困るけど、ここまで心揺さぶられる展開が用意されているとは思いもしなかった。
なぜ男の大奥が生まれたのか、そのためになにが行われたのかという架空の歴史を描きながら、作者が突きつけてくるのはそこに生きる人々の生々しい「心」である。この逆転世界を構築したからこそ第二巻最後の壮絶な悲しさ美しさが強く胸を打つわけで、男女逆転大奥なんて冗談みたいな発想からよくまあこれほど深く強い愛情を表現できたものだと思う。参りました。